-
人が行き交う神社に熊野那智神社
宮司 井上幸太郎さん名取熊野三社のひとつ、熊野那智神社。名取市を見渡す山の上にある、創建1300年の神社です。2015年に宮司になった井上さんは、参拝客が少なかったこの神社を地道な行動と工夫で、「人が集まる場」に変えました。SNSでも話題になり、今や熊野那智神社は名取市の観光スポットのひとつです。人々の行動を変えた井上宮司の「工夫」は何だったのでしょうか。
―熊野那智神社の縁起をおしえてください。
719年に、今でいう閖上(ゆりあげ)の浜で、藤の筏に抱かれた御神体が上がりました。はじめは漁師が大切におまつりしていたのですが、ある時から、龍のような光が西の高館(たかだて)山のほうに走っていく姿がたびたび見られるようになったため、現在の場所に社殿を建立したのが始まりです。
その後、平安時代末期に、紀州の熊野三社の御分霊を勧請し、名取熊野三社となりました。そのうちのひとつが熊野那智神社です。
ですから、熊野那智神社には、海からやってきた神様と、熊野からやってきた神様、2柱がおまつりされているんです。
高館は名取市の山側、閖上は海と離れた地域ではありますが、2019年には「お浜降り」という行事を行いました。高館の山から閖上の浜まで、おみこしを担いでいく行事です。20年に一度行う行事で、たくさんの人に見ていただくことができました。 -
―井上宮司が熊野那智神社に来たきっかけはなんですか?
私は愛知の料亭の子どもだったのですが、民俗学に興味を持ち、大学進学後に神職になりました。岩沼市の金蛇水神社に勤めていたのですが、熊野那智神社の宮司の職が空くということで、名取市にやってきました。
―熊野那智神社の第一印象は?
熊野那智神社は地域の方の信仰が厚い神社だったので、初めて来たときからとてもきれいに整備されていました。ですが、木がうっそうと茂っていて、暗く、なんだか人の気配がしないなと感じました。逆に言えば、信仰があって、場があって、あと足りないのは人だけだな、と感じました。
神社は、場があって、神様がいて、人が来て、そのおかげで縁がつながっていくと思っています。人が来ないと、そのサイクルが立ち切れてしまう。そのために、まずは人が来てくれる場を作りたいなと思いました。
―人を集めるために行ったことはなんですか?
まずはとにかく座っていること。雨が降ろうと槍が降ろうと座り続けて、時々来る人と会って話すことを大事にしました。神社にいらっしゃる方は、何かがあって来ているでしょう。話しかけたいときに話しかけられるような環境をつくって、なんだかんだ話してもらえるようにしました。口コミで網を広げて、「なんだかいい神社だな」と思ってもらえるようにしたくて。
実際、うちの神社は豊かな自然に囲まれた場所にありますし、見晴らしもよくて気持ちがいい場所です。展望台や軒下に椅子やテーブルを置いて、本を読んだり、おしゃべりしたり、好きなように過ごしてもらえるよう工夫しました。だんだん、皆さんが自分でやりたいことを持ち込んで過ごしてくれるようになりました。今では、雪の日まで来る人もいるんですよ。 -
―マルシェやイベントも盛況だと伺いました。
「那智てづくりマルシェ」は6年目になります。空が近い場所でコーヒーが飲みたいね、という話になったのが始まりで。コーヒーを出すなら和菓子やケーキを、じゃあ音楽も、とこの場所がきっかけで大きくなってきました。冬以外は月1回ほど実施しています。いつもとはまた違う神社の姿が見られると思うので、よかったら来てみてください。
―御朱印やお守りも人気です。
御朱印は、遠くから足を運んでいただくきっかけになりますので、楽しんでいただけるように季節ごとに工夫しています。それから、帳面をお預かりした時は、できるだけ目の前で書くようにしています。そういうちょっとした時間が、思い出になり、また来たいと思うきっかけになるのだと思います。今では、年間3万人以上の方に来ていただいています。
お守りや絵馬には、オリジナルのマークを用いています。熊野那智神社にまつわるいろんな景色を詰め込んでデザインしています。これも、会話のきっかけになるといいなと思って。ヤタガラスが描かれたお札、牛王法印 (ごおうほういん)も求められる方が多いですね。 -
―読んでくださっている方にメッセージをお願いいたします。
近くに来たついでにお参りする「ついで参り」はよくない、と言いますが、私はそれでもいいかなと思っています。近くに来たのに、立ち寄る場所の候補にあがらない方がよくないでしょう。
熊野那智神社から見る名取市の風景は、毎日毎日変わります。田んぼに入った水が靄になり、稲が黄金色になり、冬になれば空気が澄んで金華山まで見渡すことができます。来ていただけば、きっと楽しいことが転がっていると思うので、ぜひその日の風景を味わいにきていただきたいなと思っています。